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工藤さん

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日本の国力再点検

2008年10月号

 日本は今、国の力を再点検する必要に迫られている。
 江戸・日本が謳歌した世界に冠たる熟成社会。鎖国から国を開いて、白人大国・ロシアを破った青年国家・明治。敗戦の廃墟から這い上がり、世界第2 位の経済大国を手にした栄光の昭和。いずれも高い国力を誇ってきた。そして平成。今、日本は羅針盤が壊れ、漂流のさなかにある。誰のための日本、誰が引き 受ける日本。財政破綻の危機をどうする…。

 今、国の面倒を必要とする対象は膨大だ。後期高齢者、年金受給者、若者ニートにパート・派遣者、農家、漁業者そして地域の住民たちなどなど。いつのまにこんなに増えたのだろう。そして政治は、どれをやるにも財源がないとお手上げの状態にある。
 またぞろ景気対策が必要と喧伝されているが、深刻な日本の病に、カンフル剤程度で対処できるというのか。消費税率を上げるとか上げないとか…しかし今、消費者に負担を強いる前に、大ナタを振るうべき、国家自体の構造問題があるのではないか。

 高度成長経済を謳歌する中で、家計も企業も国も贅沢ボケで贅肉つけて、メタボ体質になってしまった。家計も企業も、低成長経済下でも生きられる体質をつくるため、財布の中味を点検し、必死で贅肉を落としてきた。その目安おおよそ3割カットである。
 ひとり国家財政だけが、メタボのままで手つかずで、それを預かる霞が関には「省益あって国益なし」。既得権はアンタッチャブルの無駄と淀みの世界である。

 一世代前、日本の成長は霞が関の官僚制が支えてきた。しかし今や、改革・改善を拒絶する独りよがりの官僚世界は、悪性の「無駄」細胞がとめどもなく自己増殖する体たらくの中にある。
 今こそ、国家財政の古い革袋の内容を、ゼロ・シーリングの観点からひとつひとつ解体・点検し、目標3割の支出カットを行うべきときである。これこ そが「困窮時の王道」で、家計も企業もやってきたこのことが、どうして国家・政治でやれないのか。巷間、施策論議には必ず「財源はどこにある?」という問 いが付き纏うが、そうではない。どこにあるかではなく、目標額を決めて、ゼロ・シーリングから出発し、財源は捻出するものだ。家計も企業もそうやってきた。

 伏魔殿と化した官僚世界の幻影に怯えてはいけない。支出3割減の目標を掲げ、霞が関の古い革袋を徹底点検すべきである。この厳しい課題をやり遂げ るには、国民にも応分の我慢が要請されるが、「次世代」を思えば、3割程度の欲望制御など難しいことではない。次世代に継承しなければならない日本。その 日本の大切な将来を、メタボ体質にメスを入れることを怠り、悲しいほどの財源しか用意できないままで、安易に論じてはならない。
 大ナタを入れれば行政に透明度が増す。3割豊かな財政を力に、真にやさしい政治が行われる。そして国民は「怒らない衆愚」から脱皮し、高い民度に 目覚める日本。これこそが、次代に継承できる日本であり、世界の信頼と尊敬を回復できる唯一の道だと思う。3割カットできなかったらどうしよう?!日本の 実力はその程度と、諦めて生きるしかないだけのことだ。

 開国明治も敗戦昭和もゼロからのスタートで、見事に頑張り抜いてきた。現代平成の今、国家百年の計を決する課題が課せられている。大きな課題だ が、メタボ体質の改善など、個人の誰もがやっている。その同じことを国家に要請する…たったそれだけの小さな勇気くらい、子や孫のために発揮したいと思う。                               

 【工藤】


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