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社長コラム

工藤さん

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心の「融点」

2008年11月号

   元の会社の同期会で、友人のS君がポツリと言った。…女房と一緒に、世界中を旅してきたけど、僕はもうどこに行っても感動しなくなってしまった…。ショッキ ングな一言だった。今、リタイヤ夫婦の海外旅行は、余生を生きる華と目されているが、その行き着く先が「感動」喪失ということだ。僕と同い年の彼は感動を 無くして、これから何を求めて生きていくのだろうか。

   尊敬するT先生は、常人には考えも及ばない節制と鍛練を続けて、90歳を過ぎた現在もまだ現役で社会貢献をなさっているが、次第にボケが始まっ て、何の節制も鍛練もせずに自然ボケしていく人と同じ道をたどっていらっしゃる。素晴らしい感性の持ち主のW先生が、次第に「反応」をなくしていらっしゃ る。
    大きな振幅で激しく生きてきた人、小さな波長でひっそりと生きてきた人、どちらも人生の帳尻を「プラス・マイナス=ゼロ」にして風化していく。努 力もし節制もした人、しなかった人も、大して変わらない終着駅に逝く。お金もちも貧乏人も、社会貢献派も自分勝手派も、等しく極楽浄土とやらに一緒に行 く。

   自然の法則には「融点」があり、物質によって溶ける温度がちがう。異なる「融点」をもつ物質が共存することで、この自然界は芳醇な香りをもってい る。人間世界もそうなのだろう。心が燃え盛る「融点」は人さまざまだ。異なる燃え盛り方をもつ人間の共存があってこそ、人間世界は百花繚乱となる。深く静 かに燃える人、野村監督のように(?)野辺に咲く月見草としてひっそりと燃える人、ハタ迷惑に燃え盛る人、みんなそれぞれ燃え盛って、等しく「感動」とい う火種を無くし、「反応」という着火剤を無くして、そして静かに死んでいく。そして入れ替わりに、新たな百花繚乱が続いていく。これが人間世界の摂理なの だろう。

   「融点」の高低で物質の価値を測れないように、燃え盛り方で人間の優劣も測れない。人間世界の百花繚乱には、すべての燃え盛り方が必要なのだ。外 国の旅をし尽くした人も、ほとんど旅をしなかった人も、等しく「感動」をなくしていく。節制し鍛練して社会貢献に徹した人も、人様のことなどI don't careで酒を浴び続けてきた人も等しくボケて、穏やかにすーっとあの世に渡っていく。「感動」をなくし「反応」をなくさないことには三途の川は渡れない からだ。

   さてそれで、わたくし自身のことだ。自分の「融点」や燃え盛る業(ごう)のことなぞ、いやというほど対面したから、もうほとほとわかりきってい る。激しい振幅でハタ迷惑に燃え盛る自分を、今更後悔などしたところで、懺悔したところで始まらない。「融点」のちがいに貴賤などないし、その自分だって 百花繚乱の片隅を支えているのなら、他の「融点」を羨みもせず、他の「融点」を揶揄することもせず、自分の「融点」をこそ大切にしよう。神様から与えられ た「融点」に忠実に正直に、燃え盛ることだけに専念しよう。いつ「感動」や「反応」をなくすことになろうとも、未燃焼でだけはないように、毎日を燃え続け ておこう。激しい振幅でハタ迷惑に燃えてきた僕には、せめてそれを貫き通すことでしか、迷惑をおかけした方々の納得を得ることはできない。そう、ぼくの今 後も燃え盛るしかない! 合掌。                                                                                    

 【工藤】


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