ニューミレニアムネットワーク株式会社トップページ

コラム

工藤さん

++コラム一覧++

2017年
2016年
2015年
2014年
2013年
2012年
2011年
2010年
2009年
2008年
2007年

国の生業の形が違う

2009年1月号

 塩野七生さんの 古代ローマから、たくさんのことを教わった。ノーブレス・オブリージュを貫き通した、気高いローマのリーダーたち。血税で国を守る気概に溢れ、国政参加を 怠らず、どんな苦境にもくじけなかった市民たち。現代の日本人は古代ローマ人を超えているか?私たちは一体、2,000年の歴史から何を学習したのかと、 恥ずかしさで心が震える。
  ローマは、「異」を受容する世界帝国として1,500年間も存続した。あのアメリカでさえ世界帝国としてはまだ100年にも満たない。そのローマも実は盛 衰の繰り返しだったという。その間、苦境に陥ると「根本問題は何か」を直視し、問題解決のためには、古い革袋など惜しげもなく捨て去ったという。
  そう、一体現代日本人にとって、根本問題とは何なのだろう?国の生業(なりわい)の形そのものに、心に深く巣食っている問題があるのではないか。

①生業(なりわい)の基本を質す:

 生き ものの歴史は弱肉強食の繰り返しだという。人間社会もそうだけど、一方で最大多数の最大幸福を得ようと努力してきたことも、人間社会の歴史的事実である。 「弱肉強食から最大多数の幸せへ」が、人間社会の課題なのだが、このと ころ日本では、アメリカ流の弱肉強食が生業の形になってしまった。

 何といっても社会の原点は、互いが気になる「向こう三軒両隣」であり、助けあいの「隣組」だ。赤子の誕生を祝い合い、夜まわりも葬式もみんなでやった。村八分された者にさえ、最後の二分・火事と葬式は手を差し伸べる思いやりで、村の生業は成り立っていた。

 いま、国を預 かる中央政府は、この原点から乖離してしまった。行政は顔の見えない抽象事務で、助け合う喜びなどとは無縁な、強者のネクタイ事務でしかない。こんな他人 (ひと)事事務は、可能な限り村や町の仕事に鞍替えしなければならない。村や町の役場にはまだ顔が見え、心を映し合えるから…。

②官僚制の解体:

 国の行政 は官僚制という権力構造に依拠しているが、官僚制は制度疲労でもはや「死に体」である。省益あって国益なく、私欲あって倫理なしで、何より小理屈で凝り固 まって、ロボット語でしかしゃべれない人種の巣窟で、時代に逆行して、変革を拒否するところに最大の悪がある。

 官僚制という伏魔殿を一刻も早く解体して、透明な生業を取り戻さなければならない。もともと官僚制は、国益をあずかり、国民に尽くしてくれるとい う約束でつくられた大仕掛けな体制だが、いまや小利と保身と他人(ひと)事で贅肉だらけだから、解体すれば国の財政は30%も豊かになる。これでもかこれ でもかと、官僚制の非常識と無駄を見せつけられてきた庶民の誰もがそうだろうと思っている。本当は官僚も族議員もとうにわかっている。わかっているのに抵 抗するのは犯罪である。

③国民参加を:

 日本の庶民は怒らない。官僚や政治屋から犯罪的な事をされても怒らず、物言わず、無表情で通してきた。しかしこのところ、さすがに事情がちがってきた。「もう許せない」、「官僚制は解体だ」と言い始め、問題が鮮明になってきた。

 政権交代させて、官僚制と戦わせる。官僚制の牙城に政治がどこまで迫れるかは疑問だが、刀つき矢折れれば、それはそれで国力の実態だから仕方がないと、国の衰退を受け入れるしかない。シナリオはこんなに明確なはずだった。

 しかし、やっぱり日本の国民は不幸だ。国の生業の形を変える、せっかくの潮目が来ているのに、もう問題が見えなくなっている。野党の古い体質と変 革能力不足が露呈し、とても官僚に太刀打ちできそうもないと国民が諦めだし、一方で 15 兆円の大盤振る舞いをする与党に、国民の心は擦り寄り出している。目くらましのお金をもらって国民の心は拡散して、変革のエネルギーが矮小化しつつある。      

 困ったものだ。どうしたらいいのだろう。政党という革袋が古くなってしまったのなら、ローマの民がそうしたように、古きを捨てて、新しい革袋をつ くるしかない。政界再編だ。再編のキーは「年齢」である。次世代のための国づくりだから、余命短く、汚れ過ぎた古だぬき議員にはまかせてはいけない。清潔 で馬力があって、冒険心に富む若者にこそ託すべきだ。国民の心が拡散し、問題が見えなくなった今、民意を結集するキーワードは、「若者にこそ託そう」だろ う。選挙に行こう!そして今度の選挙はシンプルに行こう!年齢で投票だ。そして志ある若者に期待するしか残された道はない。…神様仏様ご先祖様だ。

④商品の価値を質す:

 生活は本当に便利になった。しかし贅沢の代償として、地球の人間圏が確実に壊れている。このままだと、地球の人間圏はあとわずか 100 年程度しかもたないと専門家はいう。孫の命で計れる長さだ。温暖化の影響で、あのベネチアの街までが沈み始めている。地球の余計者である人間が、欲望追及 に節度を忘れてしまった罰である。今、商品というものの意味を根本から問わねばならない。車から 120km/h 超のメーターをどうして外せないのか…化学洗剤や抗菌スプレイの垂れ流しがどうして清潔なのか…過剰包装のどこがどんなにおしゃれなのか etc. …問い質す事がまわりに溢れている。誰がどんな魂胆でこんな商品を押しつけているのか…国民はもっと急速に賢くならないと、地球から見放される。

⑤経済は汗を流してナンボのもの:

 貨幣を発明して人間の生活は便利になった。しかしそれに心を奪われる破目にもなった。貨幣は目的か?!交換手段であるはずだった貨幣は、欲望を刺激し、際限なく人間の心の中を埋め尽くすようになってしまった。

 人間社会の葛藤は、この貨幣の悪魔性と利便性の狭間で繰り返されてきた。報酬とは、汗を流してモノをつくる見返りというのが原点である。貨幣の一 番の悪魔性は、汗を流さずにいくらでも儲けられ、汗を流さずにいくらでも貪欲であり続けられる点にある。貨幣や金の発明が、悪魔性を距離の限界を超えて解 き放った。しかし現物貨幣や金という物質を媒体としている間は、この悪魔性にはまだ歯止めがかかってもいた。…が、バーチャル金融商品の登場で、この悪魔 性は、時間軸の制約をも超えて虚無の世界に一挙に暴走し始めた。

 今その悪魔性は、サブプライムローンの綻びをきっかけに最大となり、世界を壊しかねないところまできた。私たちは「経済は汗を流してナンボ」という原点に立ち返るしかない所まで来てしまった。 

⑥どうやって国を守る …安全その1:

 この 60 年、日本はアメリカに守ってもらった。そのありがたさの代わりに、アメリカのポチと呼ばれ、国内は米軍の基地だらけで、アメリカの属国の体にある。しかし最近は、アメリカ一辺倒からの脱却が言の葉に上り始めた。

 自立意識の芽生えは大いに結構だが、またぞろ極端に走るのは危険である。いわく…アメリカはもう日本を守ってくれない。アメリカをやめて中国に尻尾を振っても救いはあるまい。いっそ核を持って、自力で守ろう…最近とみに増えてきた意見である。

 国防は武器でしかできないか?外交音痴の日本人は、国防=武器保有と考えがちだ。平和ボケが知恵の力を忘れさせているが、国防の本旨はそもそも智 力外交にある。世界ではいま、西欧中心の歴史の中でつくられてきた「格差」や「不条理」を是正しようという渦が巻き起こっており、世界を動かす主役は、も はや列強国ではなく、弱国の結束と世界の世論である。核保有大国が貧しい国々の顔色を見なければならない時代になった。

 世界の世論を味方につける戦略戦術を、知恵を絞り抜いて編み出すことだ。外交の成功を支えるものは経済力で、時に核をも凌ぐ力をもつ。まだ今なら日本の経済には力があるから、経済力を最大限に駆使して、乗り遅れている外交戦に一刻も早く加わることだ。

 暴力で国を守ることは古来どこでもやってきた。今の日本なら、十分にそれができるだろう。しかしそれは唯一の核被爆国日本のとるべき道筋ではな い。数千年の人間の歴史の中で、人間は安全確保のために暴力を使い、その度にみずからの業を恥じてきた。今、日本は、みずからの叡智を振り絞って、非暴力 での安全確保の道筋を歩まなければならない。

 非暴力での安全確保と平和ボケの他人(アメリカ)頼みの安全確保とは似て非なるものである。非暴力の外交は、研ぎ澄ました戦略シナリオに従って、 経済力も手練手管もあらゆるものを動員して、世界の世論を味方につける「水鳥の水かき」の技である。冷徹な計算に涙ぐましい継続努力があってはじめて成り 立つものである。至難の技だ。しかしこれこそ、人間歴史のネガテイブ・サイクルの中で、「非暴力・日本」の名が燦然と輝く栄誉の道筋ではないか。ローマが 燦然と輝いている。そして日本も燦然と輝く。

⑦どうやって国を守る …安全その2:

 無資源国・日本。だから資源を大型船で輸入して、商品を大型船で輸出する。日本はモノの通り道。日本はこの生業を選択する一方で、この 50 年、輸出依存体質からの脱却が急務と、常に叫ばれてきた。

 しかし繁栄の極点に達したいま、輸出の牽引車・世界のトヨタが、何と 1,500 億円の営業赤字を出し、雇用の安全をも脅かしている。 50 年にわたって喫緊の課題と言われ続けた、輸出依存度の低減と国内市場の自立課題は、ほとんど手つかずだったわけで、今、その「通り道経済」の脆弱さが露呈 した。

 「通り道経済」は、 50 年間にわたって十分に役割を果たし、もう殿堂入りだ。次の選択をするにあたり、今改めて問うてみよう。日本は無資源国であるか?そんなことはない。この問いにこたえるには、発想の転換が必要だ。

 石油や石炭、鉄鉱石はもっていない。しかし漫画やアニメをソフト資源と数えるまでもなく、資源は無尽蔵である。奥行きの深い文化力に風光明媚な観光資源、長寿社会への対応ソフトと技術力、公害防止、脱石油エネルギー化を支える精密技術などなど。

 いやお米だってある。官僚の理不尽な政策が、全国を遊休地だらけにし、主食の自給率を危機的なものにしてしまった。誰が子供たちを「米嫌い」にし てしまったのだろう。おいしいお米は貴重な資源だ。おいしいお米をつくろう、野菜もつくろう。養魚もしよう。そして外国の森林を破壊せずとも、国内森林の ケアーをきちんとすることで、木材提供もできるだろう。コストが合うとか合わないとか、生業の形を工夫しさえすれば不可能はないはずだ。

 お米も野菜も養魚も森林ケアーも、シニアが老後の充実に携わるのもよい。しかしもっとよいのは若者だ。フリーターだの3K嫌いだのと言ってない で、若者にこそ、この新たな資源創造を担って欲しい。汗を流してモノをつくる充実に若者が目覚める。食料の自給率も高くなり、有資源国家日本のシナリオが ひとつひとつ回転し始める。そして外圧に強い豊かな日本の生業の形が出来上がっていく。

⑧歴史の中に 燦然と輝けるニッポンを

 日本は今、国の生業(なりわい)の形そのものに問題を抱えている。国民の幸せを盛るはずの革袋がほころびて、問題山積である。しかし、もう少しも 怖くないはずだ。「根本問題」は何かを直視すると、難しいはずの問題が、実は思ったより簡単に解けることがわかったから…。簡単なはずだけど難しいのは、 私達自身が本気で「根本」を変えようと思うかどうかだ。これは難題だ。

 しかしローマの市民はやり抜いたという。 2,000 年前のローマ人にできて、現代日本人ができない理屈などありようがないではないか。日本人よ、人間の歴史の中に燦然と輝けるチャンスを目の前にしている日本人よ、本気になってローマを超えて、幸せをつかもうヨ。

 【工藤】


▲ページトップへもどる