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コラム

工藤さん

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鎮魂の祈りを込めて

2011年4月号

 神罰が下ったか…地震と津波と原発事故の連鎖に、思わずそう観念した。五臓六腑から噴き出す虚脱感で心が萎えていく…生まれて初めての経験だ。

 日本人は古来から、人智を超える災害を神の怒りと畏れ、悪霊を鎮めるさまざまな鎮魂の行事を行ってきた。

 いつからだろう、現代日本人は、大自然の理と人智を同じ単位で推し量るあやまりを犯してきた。そして今、人智の薄っぺらさが、あまりにも無残な災害という形で実証された。

 震災対策はこれまで、マグニチュード 8 を前提にしていたという。今回はM9である。M9 はM8 より 30倍も強力なパワーだという。人智が前提とした基準より30倍も強いパワーが人間社会を襲ったのだ。 釜石市は、30年もの年月と 1,215 億円をかけて、世界一の堤防を築きあげた。その 10mもの堤防を、津波はあっという間に乗り越えてしまった。専門家は、最大の津波は、 100 mにも達したはずだという。

 原発の安全性はいまだ激しい論議の的だ。大量の生命を一瞬にして奪い去る、核爆発という厖大な破壊エネルギーを、デリケートな技術で限界制御しようとする原発は、人類の「パンドラの箱」として不安視されてきた。そして今回、それが現実になってしまった。

 いま私たちは、この惨事から立ち上がらなければならないが、課題は重い。 災害からの早期復帰を、私はまったく疑わない。「良心レベル」の日本人は、その質極めて高く、持ち前の「協調性」に「規律の良さ」と「助け合いの精神」で、世界が瞠目する速さで、大災害から見事に復帰すると確信する。

 しかし、これをきっかに、社会の仕組みそのものを軌道修正するのは、本当に難しい課題だと思う。

 まず、生活基盤である土が、M9で揺れてしまったが、直下型の東海地震にはどう対処したらよいのだろうか。

 M8前提の災害予測は一部公表されたことがあるが、超M 8 前提の場合、あまりにも悲惨な結果が予測されるため、パニックを恐れ、公表できないのだという。

 しかし、M9地震が現実となり、東海地震の発生は時間の問題と告知されている以上、超M8の場合でも、国民が納得し覚悟できる地震への備えを、国の指導者は国民に提示しなければならない。
 予測される惨事とパニックの根源は、東京への過密機能の集積にあるのだから、対策の本旨は「抜本的な間引き策」 である。地震が怖くて地方に去る人、怖くても残る人…一人ひとりがどう生きるかの選択を迫られる「国家百年の計」である。考えるも恐ろしいと、思考停止す ることが許されない、次の現実である。

 大地震は、神のなす業である。しかし原発の問題は、閾値を越えた人間の自業自得だから、根本からやり直せば、新たな出発が可能である。厖大な電力需要の大元は、際限なき欲望の連鎖である。

 原発もダムも厭で、太陽光発電に金を使うのも厭ならば、国民一人ひとりが、1/3の欲求を捨て去ることだ。

 現在の電力総需要は 6,000万KWで、供給能力は 4,000万KWという。ならば 2,000 万KW分の我欲を捨て去ることだ。1/3程度の我欲の制御もなくて、新しい日本出発などしてはならないと私は思う。

 別の号で、人口が半減したら社会は衰退するか、と問うたことがあるが、社会の贅沢の仕組みを1/3捨てたら、重要不足で社会は壊れるのか…右肩上がりの信奉者である専門家たちに、私は心底から疑問を提示したい。

 捨てるは選択の反面である。捨てれば大切なものが見えてくる。省物欲、省破壊、省速度、省エネ等々、新しい社会創造の青写真も見えてくる。

 日本の Governability は劣悪だという。それは、我欲の連鎖が、ものごとの本質を見えなくし、社会のシステムにがんじがらめに絡みついているからで、誰が何をしようにも動きが取れないからである。我欲の連鎖が1/3になれば、悪弊の蔦は外れ、ものごとの本質は透き通って、整理と選択が容易となり、日本の Governability は自ずと高まっていくと、私は信じる。 【工藤】


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