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工藤さん

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なでしこジャパンの ワッショイ ワッショイ

2011年8月号

 東北大震災では、被害者のモラルの高さと、全国規模で自然発生した助け合いの精神が、日本人の美徳として世界の称賛を浴びた。そして今度は「なでしこジャパン」のおねえさんたちの頑張りが、世界の感動を呼んだ。
 東北大震災では、自衛隊員や東電の作業員など、専門家も本当によく頑張った。しかし何より、善意のボランテイアが、瓦礫の山に向い合う姿こそが、世界の人びとの心を打った。
 なでしこジャパンもそうだ。高額を食む有名なプロ選手でなく、どこにもいるようなレジのおねえちゃん、バイトの小さなおねえちゃんたちが、練習してきた通 りにボールを回し合い、いじめられてもいじめられても耐え抜いて、最後のPK戦では信じられない平常心で勝利を手にし、「大和なでしこ」の快挙として、 世界の賞賛を浴びた。
  東北大震災の復興では、まるで「ソイヤー、ソイヤ」と掛け声をかけ合って瓦礫に向い合い、ドイツのスタジアムでは「ワッショイ、ワッショイ」と掛け声かけてゴールになだれ込む、絆の連鎖の感があった。
 思えば、この両舞台で発揮された、寄り添い合って助け合う心は、古来から日本人の背骨に刻みこまれてきたものだった。
 祭りの山車の引き手や神輿の担ぎ手は、「ワッショイ、ワッショイ」の掛け声で「和合しよう、和合しよう」と誘い合い、「ソイヤー、ソイヤ」で「添い合おう、添い合おう」と呼びかけ合っている。三社祭りの一トンもの重たい神輿も、担ぎ手のワッショイワッショイの掛け声で、軽々と担ぎ上がる。
 なでしこジャパンが感動的だったのは、世界一という偉業もさることながら、サッカーが好きで好きでたまらないおねえさんたちが、「ワッショイ、ワッショ イ」と、一丸となって重圧をも蹴散らして、一途な普通心(ごころ)で走り回ったところにあったのではないか。
 金星をあげた殊勲者たちは、普通だと「信じられない!」と泣きじゃくる。しかしなでしこジャパンのおねえさんたちはただのひとりも、泣きじゃくって取り乱 しなどしなかった。この意外な光景に、テレビ画面が一瞬静止したかのようだった。しかし考えてみれば、祭りの演じ手が感動で泣きじゃくる光景などありえない。神輿を神社に収めたら、ジンと心が焦げるだけ。なでしこジャパンのおねえさんたちの心も、きっとジンジンと焦げていたのだろう。
  祭りは楽しい。しかしその起源は、楽しいだけのものではない。夏祭りは、厄病神を必死に歓待しもてなして、早々に退散願おうという、逆転の発想の儀式なのだ。秋祭りは、豊作をくださった神様への感謝の儀礼だ。
  いま日本はそろそろ、こんな心根(こころね)に回帰しかかっているのではないか。大震災の悲惨を、ソイヤー、ソイヤと添い合って、退散させようと祈り頑張る。サッカーの勝利を祈願しながら、ワッショイワッショイと連携パスを出し合って走る。
  ボランテイアという普通のひとや、なでしこジャパンの普通のおねえさんたち。その普通のひとたちが、世界の感動を呼び称賛を得た、ここにこそ大きな価値があり、私たち普通の日本人が元気になるヒントがあると思う。
  今は夏、夏祭りのシーズンだ。そして間もなく秋が来る。夏祭りの感覚で、「ソイヤー、ソイヤ」、「ワッショイワッショイ」と掛け声かけて肩組み合って、政 治屋さんという、迷惑な厄病神どもを一挙に退散させようか。秋になれば、美しい自然と恵みをくださる神様への感謝の気持ちを取り戻し、「神さま、怒りをお 鎮めください」と、鎮魂と豊作を祈る秋の祭りの輪を組むか。 
  ほとばしる祭りの熱気と汗と、共に生き合う確かな手ごたえ…。これさえ取り戻せば、日本人はきっと元気になるから!【工藤】


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