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コラム

工藤さん

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国境が…ほころびていく

2014年8月号

 今、国境線をめぐって国家間の対立がホットである。中国、韓国、ロシアを相手に、日本もそうである。

 僕も日本人だから、国境を侵犯する国は怪しからんと怒る。しかしそのとき、その国境沿いに生きる人々のことは眼中にない。国境問題は、国家という抽象的な権力概念に立った領土や資源獲得上の勝ち負けが関心事であり、そこに生活している生身の人間の日々に思いを致すことなど滅多にない。

 島国日本の国境線を形成しているのは小さな島々である。日本全国に島は6852島(内、人が住んでいる島は400)あるという。韓国と国境を接している長崎県には971、中国のそばの沖縄県には363、ロシアのそばの北海道には508の島がある。
 これらの島々は国内で、「離島」と整理され、郵便配達上でも「不便さ」を強調して差別されており、本土との隔たりは大きく交流は希薄である。離島ゆえ、ガソリンなどの生活インフラや日用品の値段は高価で生活は不便で苦しい。

 国境を形成している沖縄諸島、五島諸島、対馬諸島、千島諸島の町や村は、日本全体の危機的課題である「消える村」と二重写しになっている。若者の棄村に歯止めがかからず、島民の数は減少の一途をたどり、消滅の危機にある。たとえば五島列島の中心地・五島市の場合でさえも、2040年には、20~30歳代の若年女性が2010年に比して76%減少し、全人口は4万6000人から1万9000人に減少すると予測されている。

 国境沿いのこれらの離島の人々はいま、島の消滅を避けようと必死にもがいている。その彼らにとって、本土の住人は遠い遠い希薄な存在でしかなく、むしろ身近なのは、中国人であり、韓国人であり、ロシア人である。
 島の人々にとって、中国人も韓国人もロシア人も、国境問題を考える時の僕たちにとってのように、抽象的な「敵」ではない。根こそぎ魚を取ってしまい、島の土地や水資源に買収攻勢をかけてくる煩わしい隣人である一方で、島の命綱である観光収入を確保する上では、煩わしくも大切な大切なお客さまである。

 これら離島の人びとと近隣国の住民の間では、国境を越えた悲喜こもごもで否応なしの「生活の共有」が行われている。翻って本土との関係では、隔離、不便、危険を背負わされ、生活の共有感など皆無ではないか。
 巻頭言154号の「いろんな立場があるさー…独立志向の沖縄」でも指摘したように、僕たちが中国は怪しからんと、抽象的な概念を振り回しているうちに、沖縄諸島の人々の中には、本土の自己中の面々や日本政府の差別的な行状に愛想を尽かし、独立を目指す気運が芽生えている。中国は敵国ではなく、すぐそばの身近な隣人として付き合いたいという。

 五島諸島、対馬諸島、千島諸島の人々の日常にとって、国境という空疎な線引きに御利益はない。寂れゆき、「消える村」の恐怖と戦う中で、近隣諸国との「否応なしの日々の縁」が濃くなっていく離島の実態は、日本という国のあり様が列島の縁側から崩れていることを教えている。
 最近は猫も杓子も国境問題にホットである。…が、いたずらにホットになるのは勝手だが、ちょっと立ち止まって考えてみるがいい。

 国境は生活圏の最先端である。国境を形成しているはずの島々が、「消える村」となり姿を消し、国境沿いから生活圏が消えてしまう危機にある。近隣国との生活上の戦いに敗れて、生活圏が崩壊するかもしれない。
 中央政府(水産庁)は、五島列島の漁業にかかわる「日中漁業協定」で、何と、日本側:年間800隻、中国側:1万8089隻、漁獲量上限は、日本側:11万トン、中国側:169万トンという内容で合意している。水産庁の役人は、中国に対して卑屈であり、列島の人びとの生活を守る気などないのだろう。生活圏も守れずに何のための国境か、である。そんな日本政府や本土の人びととはますます疎遠になり、中国、韓国、ロシアの人々と日々生活圏を戦いつつ、一方で大切な観光客としてお迎えする錯綜の中で、列島の人々は、国境を越えた悲喜こもごもの新しい生活圏を自力で生み出していくのだろうか。  

 離島・列島の人びとの心中にあるのはいま、「日本」意識のフェイドアウトではあるまいか。
 日本の国境はいま、内部から崩壊しかかっている。【工藤】


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