ニューミレニアムネットワーク株式会社トップページ

コラム

工藤さん

++コラム一覧++

2017年
2016年
2015年
2014年
2013年
2012年
2011年
2010年
2009年
2008年
2007年

余計な仕業だ!日本、沈没宣告

2014年10月号

 この3月にすい臓ガンで余命半年と宣告された友人と、来週食事する。彼は死の覚悟をすでにしており、楽しく食事したいという。

 「ほぼ確実に、いつ頃死ぬ」と専門家から宣告されれば、人は、それまでをどう充実しようかと覚悟を決める。わずかであれ、計画立てて充実して生きる「間」を得られることで、この宣告には断然たる意味がある。
 先般、マグマ学者が、100年以内に1%の確率で巨大カルデラ噴火があり、最悪の場合、1億2千万人が死亡すると発表した。日本沈没宣告である。一体全体これは何なのだ。
 日本列島では、過去12万年に13回、1万年に1回の頻度で巨大カルデラ噴火が起きており、最後の噴火は7300年前(鹿児島南方沖)だったから、残るは2700年前後で、その最初の100年に噴火する確率は1%だという計算である。しかし「1%」の確率での日本滅亡宣告って、一体何のためにするのだろう。

 束の間の人生を生きている私たちは、2700年とかいう物差しで物事を計る習慣はないし、1%という数値など、束の間のリズムの中では、無視すべきものでしかない。必然や偶然の沢山のリスクに囲まれて生きている日常では、1%程度のリスクなど、いちいち気にしていられないからだ。
 今回はマグマ学者による1%での滅亡宣告であるが、たとえば医学の世界では、1%の確率で余命を宣告する医者など居やしないし、手の施しようがない患者に、間もなくの死を宣告して、患者を奈落の底に突き落とす残酷な医者は一人もいないだろう。余命宣告は、高い確率をもち、しかも対応策の余地があってこそ、その意味と納得性があるのだろう。

 ノストラダムスは、1999年に恐怖の大王が出現し人類は滅亡すると、450年後を予言したそうな。予言の根拠は不明で、結局外れはしたが、予言の内容は1999年と具体的だった。一方、今回の予言は、統計学という近代手法を駆使しているらしいが、かのノストラダムスよりもはるかに曖昧である。
 100年間に1%の確率で発生すると言われてもどうしようもなく、加えて「いつ起きても不思議ではないと認識すべき…日本列島のどこで発生するかは特定できない」という不鮮明極まりないコメントのオマケまである。
 噴火の火砕流で滅亡した都市といえば、古代都市ポンペイがそうだった。79年にヴェイスヴィオ火山の噴火があり、噴火12時間後に、ポンペイは火砕流に埋まり滅亡してしまった。

 噴火からわずか12時間後で全滅である。対策も何もあったものではない、じっとしているだけで滅亡である。
 座して全滅を待つしかない大規模災害が、100年間で1%の確率で起こるという宣告など、迷惑千万な絵空事だと言いたい。知ることは幸せを意味しない。「知らぬが仏」こそ先達の智慧である。
 対策の打ちようもなく、座して全滅するしかないのなら、そんな宣告など無視すればよい。そしてこれまで通りの日常を謳歌し続けることこそが、庶民の叡智であり生きざまの醍醐味である。そしてもし、1%の確率が現実化して噴火があれば、「あー、いよいよ終わるか~」と目を瞑るだけでよいのだ。そういえば、先達の江戸びとも、「宵越しの錢はもたねー」と、「今」に必死に生きていた。

 日本人は古来から、美しくやさしい大自然の恵みを謳歌し、畏怖と感謝の気持ちで生きてきた。山海の美観に美味、やさしい天候とおいしい水に恵まれて、四季折々の移ろいを愛でながら、温泉三昧の日本人……私たち日本人は、本当に恵まれたラッキーな民族だと誇りながら贅沢を生きてきた。
が…、ものごとには両面あり。実はこの幸せは、日本列島が火山のマグマに乗っかっているからこそ得られる恵みであった。

 特典には代償の支払が必須であり、これは人間世界も自然の世界も同じ道理である。
マグマから受け続けた長年の恩典に対していま、マグマのリスクという形の税金徴収書が一括して届けられたわけで、それを私たちと孫の世代で背負うということに過ぎない。孫の世代が少々可哀そうではあるが、ただそれだけのことである。万物流転…。【工藤】


▲ページトップへもどる