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社長コラム

工藤さん

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がんが教えてくれたこと

2016年7月号

 樹木希林さんが、「がんが教えてくれたこと」と題してお書になっていた。僕はこの俳優さんは土性骨が座っていて好きだ。

 …仕事も家庭も行き当たりばったりの人生。そんな私が、初めて自分が大人なのだと自覚したのは、がんになったときです。がんという自分の責任を、自分一人で背負わなければなりませんから。人間はいつか死ぬのではなく、人間は《いつでも》死ぬ。今はそう思いながら生きています。

誰もが人生のどこかで、夢や理想をあきらめるときが来る。それでも、ああお茶がおいしい、ああ何事もなく台風が過ぎていったと、些細な幸せを感じられれば、どんな現実もそう悪くはないはずです…《抜粋》

 がんといえば、僕も2回罹病した。10年前の大腸がんと2年前の胃がんで、いずれも割腹手術。両方合わせるとお腹の中央に30センチの傷跡があり、世が世なら、お腹を出して凄める男の勲章なのだが…。

 ところで、がんの宣告を受け、ショックで頭の中が真っ白になったという告白をよく見聞きする。だけど僕は、どちらのときも冷静に受け止めたように思う。僕の精神が余人より強いはずはないので、どうしてそうだったのだろうと、今思い返してみる。

 初めの大腸がんは、半年毎の検診を経て、5年間で執行猶予が取れた。それから5年生きたから、「あと半年は生きられそうだ」という幸せ確認を10年も繰り返せたことになる。2年前には急性ストレスで胃がんを患い、胃を3分の2切除して、またぞろ「あと半年は生きられそうだ」という幸せ確認の生活が始まった。
胃は小さくなったがよく食べる。ただ、昔のような暴飲暴食はしなくなり、ステディな毎日だ。体重が10キロ減ったままなので、血圧は激減し、食べても食べてもダイエット体調で、元気バリバリを2年繰り返した。
早期発見癌の余命は統計的に5年はあるらしいから、「今年も生きられた」という幸せ確認を、あと3年は繰り返すことができそうだ。今年の7月で74歳になるから、3年経つと、僕は77歳になる。
そこまで生きて、人生の課題をクリヤーできれば大満足だ。5年の執行猶予をクリヤーできれば、結構長生きするそうだが、僕には「やらねばならぬ事があります。どうかあと1年は生かしてください」という緊張感だけで充分で、生き伸びられた時の一瞬の幸せ感を無くしたダラダラの余命なんて要らない。

 ところで僕は、癌の宣告を受けてどうして恐怖に陥らなかったのだろうか。
樹木希林さんの平静心は「人間は《いつでも》死ぬ」という諦観に支えられているのだと思う。僕の心底に、「長生きしたい」という執着はない。自分勝手の想いの中にたくさんの人たちを巻き込んでしまった自己中の僕の人生は、撒き散らしたポイズンだらけで、「ポイズンを回収しないと死にきれない」という原罪感で一杯だ。だから物思う心の基準は、「どこまで生きられるか」でなく、「いつまでに原罪を償えるか!」にある。

 命に限りがあることを教えてくれたがんの宣告…告知された僕は、原罪を償う時間が限られてしまったことを真正面から受け止めるのに精いっぱいで、死ぬのが怖いという、贅沢な感情が湧いてくる余地などなかったのだと今になって思う。
 普通にきちんと生きてきた人と違って、僕は「まだ道半ば、もう少しだ」という未達成感の中に生きているので、「あとどの位生きられるか」という贅沢な命の長さへの希求はない。「課題達成まで何とか命をつないで欲しい」という切なる思いがあるだけだ。

 告知を受けたあの場面では、課題達成まであと少しだから、それまでは何とか生きられるだろうと楽観する一方で、課題達成に必死で向かわないと大変だと覚悟をするのが精いっぱいで、パニックに陥っている暇などなかったのだろうといま思う。

 ポイズンの回収課題とは別に、社会に出た時からずっと、僕は「社会への貢献」を胸に生きてきた。まだ何も貢献できていないので、最後までもがきながら、社会と関わり続けることだろう。そんな僕に、畳の上のゆったり余生などはない。

 もがきながらのその中で、「些細な幸せ」を愛しみながら、生きている幸せを半年毎の検診で感じていく。半年毎に幸せ確認ができる僕は、いつもいつもフレッシュだ。

【工藤】

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