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社長コラム

工藤さん

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次の「いのち」に伝え繋ぐ

2018年7月号

 先般、「凛として在りたい」というコンセプトで、21人の匠や識者に「凛」を演じ、語っていただいた。どうしたら、凜として生きられるのか…沢山のヒントを頂戴した中で、山折哲雄先生は、大自然の大いなる風を身体いっぱいに受けることを勧め、鎌田實医師は、「生あるものは必ず死ぬが、動物も植物も、次のいのちに伝え繋ぐ業(わざ)をもっている」と言い、「人間は伝え繋ぐために生きているか?」と問いかけた。肢体不自由児のために「ねむの木学園」を興し、母親として50年、いのちがけの愛を捧げてきた宮城まり子さんは、「やさしいことは強いのよ」と、子どもたちのために、90歳の今も、凜として生きている。

 命がけで子供たちに伝えている人がここにも居る。安藤忠雄さんだ。5つの臓器を摘出されてしまっても元気で活躍している氏は言う。「僕が元気でいられるのは、夢があり、やりたいことがあるからだ。僕は世界の子どもたちに伝えたい夢があり、この夢がある限り元気でいられる!」…と。

 次の「いのち」に繋ぐ。はてさて孫たちの世代に、一体何を伝えればいいのか?
 日本人は、豊穣でやさしい大自然に生かされて、細やかな人情とやさしい心根を育んできた。他人を思いやり他人の痛みを感じる、細やかで奥行きの深い情の力こそ、日本人の美徳であり得意技である。これをこそ僕は、孫たちに伝え繋ぎたいと思う。

 しかし残念なことに、この美徳は近代化の波に洗われる中で、急速に失せている。「西洋文明に追い付け追い越せ」と、白人コンプレックスや経済万能主義との戦いにかまけているうちに、そしてまた、直線的断片的で間合い無しのデジタル文明に囲まれて、「躁」情報の飛来に付き合っているうちに、日本人の美徳は急速に劣化してしまった。   
 白か黒か、儲けか損か、正か邪かの西欧流の理屈の世界や、強者の勝手だけが横行する暴力の世界、孤独な自己世界だけが異常に増殖したデジタル世界には、人情を交わし痛みを感じ合う文化も充実もない。 

 日本の美徳といえば、かつて江戸びとの品格は、当時の世界の中で燦然と輝いていたという。
 英国の詩人アーノルド(1832~1904)は、江戸社会を「地上で天国あるいは極楽に最も近づいている国だ」「その景色は妖精のように優美で、その美術は絶妙であり、その神のようにやさしい性質はさらに美しく、その魅力的態度、礼儀正しさは、謙虚ではあるが卑屈に堕することなく、精巧であるが飾ることもない」と絶賛している。渡辺京二氏の「逝きし世の面影」によると、陽気でやさしい江戸びとの礼儀正しさに親切さ、そして、近隣との開けっ広げで強い親和と連帯は、西欧人の絶賛を浴び、尊敬の的だったという。

 しかしその後、明治以降の日本人には、軍国主義ニッポンとエコノミックアニマルとのイメージが付きまとってきた。つまり日本人は、力とお金の亡者だというわけである。そして今、必死に幸せを求めて来たはずの日本の立ち位置は、世界幸福度ランキング(2017年)で、155カ国中51位と、49位のロシアより不幸な国だという。何ということでしょう!こんな日本を孫たちの世代に継承するわけにはいきません。

 一時代、敢然と輝いていた、江戸びとのやさしく高潔な心根を、所詮戻りようのない夢物語として、ノスタルジーの世界に押し込めてはならない。歴史的事実として検証された、日本人の「凛とした本性」として心底に見据え、それが私たちのDNAの中に継承されていることを、五感いっぱいにしっかりと体感したいと思う。

 その上で、自分なりの後姿で、孫たちに伝え繋いでいけるよう、日々を正したいものだと願う。ひとつでもいい、ふたつでもいい、次の「いのち」に伝え繋ぐために研鑽を積まなければならない私たちには、「もうこの辺でよかろう」という安堵の世界に浸る余裕などない!
【工藤】

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